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2013年1月2日水曜日

明けましておめでとうございます。



                 

明けましておめでとうございます。
 
昨年は 利用者の方々をはじめ ボランテアの方々や 支援者の皆さん
そして 地域の方々に支えられて 運営できましこと 本当に感謝です。

今年は また 新たな試みを 皆さんと共に知恵を寄せ合いながら
少しずつ 挑戦していきたいなと 思っています。

今年も どうぞ よろしく お願いいたします。
 
             しんじょうよりあい
                  スタッフ 一同

2012年1月5日木曜日

あけましておめでとうございます。


新年あけましておめでとうございます。
2012年も、しんじょうよりあいはがんばります。
どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

今年も、ブログを通して「しんじょうよりあい」のさまざまな情報を
お伝えしていきます。



2011年10月19日水曜日

寄り添うことの 難しさ


「ね?あなたん所(しんじょうよりあい)では 
こんなときどうするの?」と言った質問を度々受けます。


些細なことに限って 奥が深く 
考えさせられたり 我が施設を振り返ると 反省しきりです。

いろいろ 見ながら、聞きながら、
意向を尋ねながら 時間を過ごしていますが
時としては 軽い気持ちで スタッフサイドで事を運んでしまいがちです。

利用者の平均年齢とスッタフとでは 20歳以上の差があります。

ほとんど 親子です、そして 若手のスタッフでは 孫と祖母の間柄です。

それが 大きく事を左右します。

利用者の方の歴史とか家庭環境とか気力・体力
それに地域性も異なって 
一人として
同じ方はいません。

年齢が異なっていたら なおさらのことでしょう。

そして 言葉も 的確には表現してくれないことが多々あります。

利用者の方々の 声や態度に出ない(出せない)要求や
希望をつかむことが 寄り添うことの
一歩だと思うのです、が、なんと 難しいことか・・・・ 

写真は大関よりあいの近くの休耕田のコスモス畑



2011年10月13日木曜日

地域で育っていく 高齢者の介護・・




隣町の秋季の公民館の催し物に
 ボランテアとして参加しました。

民生委員を中心に 春秋の2回 
「老人会」と「子ども会」の「お楽しみ会」を取り組みます。
ここも少子化が顕著で老人会員数の5/1ほどが 学童数です。

この時ばかりは 元気なお年寄りが 昼食を作ります。

昼食を一緒に食べて ゲームや 余興などで 半日を過ごすそうです。

1時間ほどの間の お手伝いでしたが 学ぶこと大でした。

ここではしっかりと 「老人会」と言う呼称を使っています。

問えば「名前なんて 何だっていいんじゃないの、
お年寄りが楽しくて集いたいというグループであれば・・」という
返事が返ってきました。

「名前を変えたって 集らんときは 集らんよ! 
中身が同じだったら すぐに飽きてしまうがいの」

「ここは 名前なんて とんじゃくないのぅ、の?みんな?」

この日は 老人会の皆さん 
子供会の役員さんの若いお母さん達 集落のもろもろの役員さん総出の

盛大な催し物に 興じていました。

集落の強いつながりを感じました。

高齢者の地域のおける介護は 
このようなことから 作られていくのかなと 羨ましく感じました。



2011年9月16日金曜日

わが師は・・・


「しんじょう よりあい」は駅前の一角にあります。
以前は賑わった商店街でした。看板娘だった方々も 
健在でいる方は少なくなってきています。

この地域は いくつも この事業のモデルになった方(場所)がありました。
先ずは お醤油屋さんです。

久しく一人暮らしでしたが、お年寄りのたまり場でした。

施設に入所する直前まで 
お友達の出入りが絶えないところでした。

現在も90んん歳におなりだと思います。
お醤油はいつも ここで購入していました。

「松を(最高級品)を2本持っていきねの、
かいちのもんが 世話になっているんにゃでの」

一本はおまけして頂いていたものでした。
次は 布団屋さんに 移りました。
いつも 上がりかまちに 何人もお年寄りが談笑していました。

「しんじょう よりあい」の昼寝用の布団は 
ここで作っていただいたのでした。

あのころ あろうことか 一枚千円にして頂いたのです。
そして 今は小間物屋さん、もちろん店は廃業しました。

窓越しに 毎日賑やかな話し声が聞えてきます。

お一人暮らしですが お陰ですこぶる元気です。
お三方ともども 「しんじょう よりあい」を育ててくださった方々です。

何にも直接には語らなくても 生き様がお手本でした。
それぞれに 皆さんが言いました。

「次は あんたやでの・・・」と。



2011年7月8日金曜日

「しんじょう よりあい」の千羽鶴(エピソード2)


今年も1万羽の千羽鶴を 平和行進団に託しました。

折り紙の鶴が千羽の連になるまでには 
いろいろな仕事が必要です。

「しんじょう よりあい」のスタッフや 
ボランテァさんは 利用者の方々が
楽しみながら その作業に携わる工夫をしています。

配色や色分け作業は一番人気があります。

鶴を数えるときには楽しく頭の体操を 並べる時や繋ぐ時には
手指のリハビリもどきで・・・

「さぁ~ この(色)の組み合わせは 何を連想する?」

「う~ん お星様一杯の 夜空かな・・」

「いや 雨上がりの あじさい?」

出来上がった千羽鶴を眺めながら 
様々な話をひき出し 楽しい会話が弾みます。

今年は さお竹にぶら下げて 
駅前商店街を 歩いていただきました。

でも ご覧になるのはほんのわずかな人たちです。

来年は もう少し 
地域に根付いた千羽鶴の活用ができたら・・と考えています。

せっかく この町を通過するのですから 利用者の方々が 精魂こめて製作したものです、

意義のあるものにしたいと思います。

明日から 鶴の製作が始まります、来年に向けての宿題ですね。


2011年7月7日木曜日

七夕




「今年の願い事はな~に?」

「こんな歳(高齢)で何にもないよ」と答えつつも、短冊にはしっかりと 
いろいろな願い事が書き込まれて
ぶら下がります。

「丈夫な孫がうまれますように」

「宝くじがあたりますように」

「家内安全、商売繁盛」もありましたっけ。

入院された利用者さんに「早く怪我が治りますように」

「孫に かわいらしいお嫁さんが見つかりますように」

そして「はやく お迎えがきますように・」と言うのもありました・・

う~ん これは ここでは願い下げですよねぇ・・。

河和田サロンでは 下校した小学生も交じって
一緒に賑やかにしてくれました。

そして 利用者さんが入院している病棟にも 
七夕飾りの傍に 短冊が備えてありました。

誰にも内緒の願い事を そうっと書いてきました。


2011年6月28日火曜日

「しんじょう よりあい」の千羽鶴(エピソード1)


国民平和大行進に方々に 鶴を託すようになって 
何年になるのでしょうか・・。

おそらく 三十年余になるかと思います。

視力障害者の方々の リハビリに折っていた行き先のない鶴を 
繋げて千羽鶴にしたのが発端でした。

その次年度から 原爆の話を聞いていただきながら 折り始め、
その方々が 「しんじょう よりあい」の
利用者になって 2千羽 3千羽と毎年 記録更新していったのでした。

賛同した地域の方々の作品が届いたこともありました。

競ってご家庭で 製作して千羽にした方もいました。

でも 忘れてはならない人もいます。

お二方とも 中途に目を患って見えなくなった方です。

「ボケ防止」のためにと 
せっせと 家でも施設でも折り続けて おそらく数万羽に達したでしょう。

「しんじょう よりあい」では ここ毎年 
彼女たちの残していった 鶴の「貯金」があるがために
一万羽の千羽鶴が出来上がるのです。

千羽の鶴を折ることは並大抵の苦労ではありません。

利用者の方々と糸を通して連にするとき  
先に逝ったお二人の思い出を偲んでいます。


2011年6月22日水曜日

精魂こめて折りあげた1万羽の鶴


「しんじょう よりあい」では
毎年 国民平和大行進に 千羽鶴を託しています。

今年も1万羽の鶴が出来上がりました。

「大関よりあい」と「しんじょう よりあい」
それに「河和田サロン」の方々が
精魂こめて折りあげたものです。
一連の千羽鶴を作ることは並大抵ではありません。

「しんじょう よりあい」には 
すでにお亡くなりになった利用者お二方の
鶴の貯金があってこそ

一万羽と言う途方もない沢山の鶴で
千羽鶴が
出来上がるのです。

お二方とも 高齢のために目が不自由になりました。

それでも 施設・家庭を問わず 
ひたすらに折り続けていたのでした。

ある方は 後手で背中で折って見せてくださったことがありました。
それも 今年でおしまいです。

いつまでも 続けることは出来ません。

来年は また 利用者の方々と 
新しい楽しい企画を考えたいと思っています。
写真は「しんじょう よりあい」で行なわれる 
平和行進の集会に参加する事が
できない「大関よりあい」の皆さんが 
団長さんに来ていただいて 
一足先の
千羽鶴の贈呈式を行ったものです。

2010年6月30日水曜日

震災記念日の突然の訪問者


今日は河和田サロン。
午後になって ママチャリで全国一周を駆け巡っている大学生が
友人のボランテァさんと一緒に来訪されました。
足を怪我したために 電車で仲間を追いかけている途中で
友人に「しんじょう よりあい」を
紹介され、JR丸岡駅で下車されたそうです。
思いもかけぬこの出会いに 利用者の方々も大喜び。
丁度この日は 福井震災記念日で 
利用者の方々はその体験談を披露していました。
いろいろな貴重な話に 迫り来る電車の時間に 
後れ毛をひかれつつ 帰って行かれました。

日本一周ママチャリキャラバンHPもあります。
覗いて見てください。 http://greenz.jp/mamachari_caravan/
奥の方にいる若い二人がママチャリメンバーとボランテァさん

2010年6月23日水曜日

「しんじょう よりあい」のヒント


毎月送られてくる刊行誌がある。
いつも励まされ 楽しいヒントを提供してくれる頼もしい雑誌。
もう 購読し始めて5年ぐらいになるのでしょうか?
お手本にしたことも数多く 
夢もいっぱい育ませてもらっています。
今からも 多分・・・・
手にとって 一番最初に目をやるのは「未来私考」
うん うん なるほでねぇ、納得・・・と 
萎えた気持ちを元気付けてくれる頁です。
さて 今年は どんな企画を頂くことになるのでしょうか?
耳や目がご不自由になった利用者の方々が 
喜んでくださるデイサービスのあり様でしょうか・・。

2010年6月22日火曜日

夕暮れの出来事


薄暗くなりかけた頃 一人の訪問者がありました。
聞きなれない声に 玄関に出てみると なんとHさん。
八十路も後半のご婦人です。
「また 持って来たんだけど・・」
マーケットの袋に入っていたのは10冊の単行本です。
かなりの重さです。
ず~っと以前にも 「しんじょう よりあい」に 
読み終えた本を沢山頂いたことがあったのです。
覚えていてくださったのですね。
「こんな年寄りになってしもうて 
あんたの「しんじょう よりあい」に 何の手助けもできんが・・」
いいえ、いいえ 忘れないでいてくださったことだけで もう十分ですよ。
今は 隣町の介護保険施設のディサービスを利用されているとか。
帰途が心配で 同道しようと歩き出したのですが、
そんな迷惑は掛けられないと、そして まだまだ 大丈夫だと 
押し返されてしまいました。
おぼつかない足取りのHさんを 放ってはおけずに 見
え隠れについていきますと
見覚えのある方が 目配せして引き継いでくれました。
帰宅してすぐに電話がありました。
「孫が確かに玄関まで見届けましたよ」と。

大切な方々の死


立て続けに「しんじょう よりあい」にかかわって下さった方が
お亡くなりになりました。

最初は 施設の地主さん。
「しんじょう よりあい」が まだ生まれたばかりで、
地域の方々から 胡散臭く見られて
肩身の狭い思いを していた頃でした。
地主さんの御夫人が すでに利用者になっていた方の紹介で
利用希望を家族に相談したところ 
「そんな わけの分からない所は行くもんじゃない。ところで 誰が
そんな前代未聞のことを始めたんじゃ・・」と。
実情を聞いた彼は それは 行って引き立てなければならないと 
ご婦人を送り出してくれたばかりか
定期的に野菜を運んでくださるようになったのです。
もう お一方は 介護保険組合の豊田氏。
担当課になった頃から 応援してくださったお一人で、
よく古い「しんじょう よりあい」に
足を運んでくださいました。
このように「今」があるのも そのお陰です。
こんな小さな施設の地域の中での 存在意義を 
逆に教えてくださったのも彼でした。
双方の方々はもちろん 
そのご家族の方々から頂く評価に いつも励まされました。
いつも 実によく見ていてくださって 
私たちスタッフのモチベーションを上げてくださっていたのです。
本当に感謝にたえません。
ご冥福をお祈りいたします。

2010年5月1日土曜日

初心をわすれちゃいけない


昨年は医療生協の総代になれなくて 今日始めて昨年の総代会資料を読みました。
以下のような記載が・・びっくりしました。
「坂井町ではNPO法人「しんじょう よりあい」が
高齢者のデイサービスを10年以上とりくんでおられます。
・・・坂井市よりNPO事業に対する評価のもと「地域介護・福祉空間整備
事業」補助の呼びかけが・・・
「事業継続」「人づくり」など医療生協と共同で・・・
医療生協総代会議案書)

「しんじょう よりあい」も昨年新家屋に移って大きな様変わりをしました。
その大きな目的の一つは次の世代に託す準備です。
「事業継続」のための「人づくり」 
老後をどう生きるかのための「地域づくり」に果たす役割の模索・・・など
事業拡大に邁進した昨年は 
その初心を思い起こすことが少なかったように思われます。
地域の方々の期待に添った運営に近づいているか、
利用者の方々の要求を満たす努力を怠っていないか・・など 
常に反芻しながら・・皆さんと一緒に 
心やすらぐ「よりどころ」となるような施設に育てて行きたいと思っています。

2010年2月23日火曜日

雛人形


3月に向けて 雛人形を飾りました。
30数年来の物で 子どもたちが遊んだ手の後が沢山あり、
長らく日の目を見なかったせいか
痘痕(あばた)もしみもかなりあって 
かわいそうな形相になっていました。
が、利用者の方々は ひとつひとつ 
いとおしく髪を整えたり、携帯物を持たせたりして 
遠い昔を懐かしみました。
ほとんどが震災で無くしたとのこと、
悲しい話も幾つかでましたが、 
いつか 娘時代の楽しい話に転じて
田舎芝居や娘歌舞伎などなど・・
ロマンスの話題もちらほら・・と。
ひな祭りらしい賑わった雰囲気は雛壇の所為でしょうか。

2009年12月12日土曜日

看板



介護施設「しんじょう いこい」に看板がつきました。
「しんじょう よりあい」と「しんじょう いこい」の二つの施設は
地域の方々にも 未だに はっきりとは 区別がつかないようです。
訪問者もまだ迷うことが かなりあるようです。
今日大きな黄色の素敵な看板が取り付けられました。
これで しっかりと 地域に根ざす目印ができました。
古い年季の入った看板は 
わが施設「しんじょう よりあい」です。
書家 高原瑞天氏に10年前に書いていただいたものです。
新施設になって 看板を取り替える案も出たのですが、
愛着のあるこの看板が 捨てがたいという
利用者の方々のご意見で 
そのまま取り付けることになりました。
「「しんじょう いこい」は8年運営したなじみの建物です。
地域の方々にとっては 慣れ親しんだ 
そしてお世話になった金融機関でした。
そんな 懐かしい思い出の数々が 
時として 口の端にのぼります。
それは 次々と 連鎖して いつ尽きるともなく 
時間の許す限り続きます。
それが お年寄りにとっては 
とっても楽しいひとときなのです。

2009年11月10日火曜日

地域の人々の批判の声は財産


日中友好協会主催の料理講習会に参加しました。
中華料理も給食にあたらしいメニューを加えたいと言うこと、
そして「しんじょう よりあい」の支援者が数人スタッフだったので 
交流もかねての参加でした。
片言の中国語と日本語が入り混じって 和やかな調理風情でした。
中国料理が給食に加わったら 
教わったものだと思ってくださいね。
 
坂井の中国語講座は
なかなか受講生が集まらない上に長続きしないのです。
隣町の講座から参加した方が その理由の手痛い指摘をしたのです。
考えが及ばないことばかりでした。
井の中の蛙で解決策が皆目見えなかったのでした。
以前 包括支援センターのケアマネさんが 言ったことを思い出しました。
「地域の声は宝物なのよ、
だって 悪いところを探して教えてくれるんでしょ、
自分で探す苦労が省けるし ・・・
批判の声が聞こえたら財産と思うことよね」と。
何の後ろ盾もない「しんじょう よりあい」にとっては 
それのみが 唯一の教師です。
耳に痛いことも沢山あるでしょう、
でも向上心もいっぱい持ち合わせています。
地域の方々の拠り所となるような施設にするため 
色々なご意見をお寄せください。
*写真は十郷公民館で行なわれた日中友好協会の料理講習会

2009年11月7日土曜日

お寺参りも大事やし、「しんじょう よりあい」にも行きたいし、はて、どうしよう!


この時季は 高齢者とかかわりのある催し物が 目白押しです。
真宗の盛んなこの地域は お寺さんの催しが多いのも特徴です。
「何でもあり」の「しんじょう よりあい」では 「後生」を願う方々には
お寺まいりを優先していただいています。
一番心和む時間・場所が高齢者にとっては有益だからです。
明日はよりあいの近所のお寺さんの報恩講が開かれて 
大勢の方がお参りされます。
「明日は○○さん・△△さん・□□さん・それから◎◎さんも
休みたいんじゃとの、どうしょうね?」と 
取りまとめの方から心配の声。
「どうぞ、どうぞ 後生をお願いしてきてください、それがなによりですよ」
介護保険施設ではできない自由さがここにはあります。
高齢者の方々の生活の潤いを求めるための 
お手伝いなのですから・・。
突然の利用人数の変動に その時その場相応に 
それぞれに見合った過ごし方のお手伝いに 
スタッフ一同苦心惨憺しています。
「あ~ 楽しかった」と利用者さんが言う笑顔が見たい、
そのために・・・。 
写真は 台風や強風で痛めつけられても 
めげずに見事な花をつけたコスモス

2009年11月3日火曜日

腰が曲がっても 見事やのぅ・・


今日は10月31日の土曜日です。
そこかしこで いろいろな文化祭が行なわれました。
近所の高校の文化祭を見に行こうと 
利用者の方々が声をかけてくれました。
農業高校なので 地域の方々にはお馴染みの農業蔡 
楽しみの一つになっています。
生徒の作った野菜や鉢植え・食品加工物などがテントに並びます。
格安で提供されるので 来訪客はいっぱい、
見る見るうち売れていきます。
「さ~ 手打ちおそばやよ」
「珍しい紫サツマイモのアイスクリームやって」
「りんごジュースは どうやの?」
利用者さんの葉牡丹を買いにいっているうちに 
準備したのでしょう、
「今日ぐらいサービスさせてや」と次々と 手渡されて・・・。
すっかり ご馳走になってしまいました。
お腹がくちくなって、すっかり楽しい休日気分になって・・・
午後は コスモス畑へドライブに
台風でペシャンコになったコスモスでしたが 
見事に頭をもたげて満開に花をつけていました。
「腰が曲がっても見事に楽しませてくれるの~」
とは 利用者さんのひとりごと。

2009年10月30日金曜日

「しんじょう よりあい」にとって「つながり」は財産

今日は新しいお仲間さんがいらっしゃいました。
初めてのちょっと遠い地域からです。
少し不安がありました、お友達がこちらにはいなかったからです。
でも そんな心配は取り越し苦労だったのです。
お互いに顔があったとたんに 
利用者さん各々が 遠い記憶をさかのぼって・・
「ひょっともすると ○○の△△さんじゃ ないんけの?」
「あんた だれじゃいの? 見たことあるような気がするんじゃがのぅ?」
「知らんけの 私や、私も同じ△△じゃがの 思い出してくんねま」
自然に始まった楽しい自己紹介です、
いっぺんに打ち解けました。
いにしえの「つながり」が ここで また新たになりました。
「しんじょう よりあい」の最初は 
例に漏れず いつもこのように始まります。
利用者の方々同士が 
この施設を作っていくと言う実感を味あわせてくれるのです。
スタッフにとっては最高の喜びです。


玄関に吊るし柿がぶら下がりました。
柿を提供してくださった人は 
かっての利用者さんのご家族さんたちです。
いつまでも切れることのない「つながり」
保って行きたいと切に思います。